不登校になる原因は様々です。また、不登校になる当事者は、未成年である場合が多くとてもナイーブな問題です。しかし、不登校になってしまったことを人生の汚点と考えているならば、それは間違いです。当事者や一番の理解者である家族にはまずそのこの現状を肯定し、ポジティブなにとらえる事がなによりも大切なのです。


「不登校になる」という経験

不登校になるということは、理由はいろいろあるにせよ、なんらかの痛みを伴うものであることが予想されます。しかし、その痛みを経験したこと自体が生きる事の糧になり得ると私は考えます。自分の痛みと向き合える人間は、人の痛みを理解してよりリアルな言葉や感情で励ますことができます。それだけで社会人としてとても重要な能力です。


自分と向き合い、何かしらの行動をおこす

不登校になると、無気力になってしまう反面、ありあまるパワーが攻撃的な方向に向かいがちです。しかし、何かしらの行動意欲があるならどんどんチャレンジしてみるべきです。さらに、漠然としたものでも構わないのでビジョンがあるならそれを、ゴールでもいいですし通過点でもいいですし、逆算して今現在の具体的行動プランを自主的に考えることができるなら、『「不登校」だった経験は「自分と向き合えるチャンス」だったのだ!』などという風に自分なりの意味合いが生まれ「強み」として好転していくはずです。